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4. 方向幕が残る地を探し求めて

全国に数多とある、大小さまざまな路線バス事業者で導入が進むLEDディスプレイ。方向幕とは異なり、ダイヤ改正の度に再制作するものがデータだけという維持費低減の効果も大きく、新しいシステムでありながら事業者の規模を問わずに急速に導入が進んでいます。
そのような時代である昨今でありながら、未だ路線バスの車輛すべてがフィルム幕式方向幕という事業者があります(訪問当時)。しかも、その事業者はその県を代表する、規模の大きな事業者です。
同社の本業である鉄道事業と共に興味深い事業者であるため、本当にそうなのかこの目で確かめようと、訪れてみました。

一路、富山へ

訪れたのは、富山県富山市です。
路線バスの車輛すべてがフィルム式方向幕となっているバス事業者とは、富山地方鉄道のことでした。
最初に訪れたのは2008年10月のこと。たまたま新潟へ行く用事があり、それならば1日予定を前倒しにして、富山にも足を伸ばしてみようと考えたのです。
そのため、富山への足は当然これ。訪問する半年前の2008年4月25日に富山地方鉄道の単独運行で開業したばかりの、仙台発富山行き高速夜行バスで富山入りをしたのでした。


下図 : 乗車した便の運行経路と通過時刻 金沢線同様の「寝かせない」運行経路です。

富山地方鉄道のバス事業

富山地方鉄道のバス事業は、鉄道事業と同様に富山県の中部から東部にかけての地域で展開されており、総勢220台超のバスが活躍しています。呉羽山を隔てて西側(呉西地方)は富山地方鉄道の連結子会社である加越能鉄道のテリトリーになりますが、その本社が位置する高岡市内までも富山地方鉄道の路線バスも乗り入れています。
特徴的なのは病院と富山市中心部を直結するバスの系統が豊富なことで、それゆえに車輛総数こそ小規模な同社ではありますが、97年の時点でワンステップバスの導入が始まり、以降低床化の傾向が続いています。
路線車の塗装については全国的にも有名ですね。日野ブルーリボンのサンプルカーの塗装を模倣した旧塗装(このルーツは仙台市交通局と同じです)と、どういうわけか東京都交通局のナックルラインを前後逆にした、1996年より採用された新塗装が中心です。詳細は後述しますが、2009年には富山イメージリーダーバス(Toyama Image Leader Bus : TILB)の専用塗装も登場し、左写真のように富山駅周辺に乗り入れるバスのカラーリングはたいへん華やかなものとなりました。
左写真が次第に数を減らしている旧塗装車、右写真が逆に次第に数を増やしている新塗装車です。
どうやら全面広告の契約が切れると、車体の補修と共に新塗装となるケースが多いようです。これは仙台市交通局が行なう車体補修の基準と同様で、雪国ゆえの車体腐食対策ということなのでしょう。
富山地方鉄道のバスというと、車体の所属事業所標記も気になります。
車体の側面中央と後面の中央には平仮名が一文字書かれており、これが所属事業所の標記ということです。
写真の「と」は東部自動車営業所を示し、他にも「や」の八尾自動車営業所、「せ」の西部自動車営業所、「く」の黒部自動車営業所があります。
車輛の登録番号も独特で、山交バスと同様に希望ナンバーにより社番を示している車輛が増えています。99年以降に登録された車輛についてはこのルールが適用されています。
このように様々な事業者の個性がなくなっていく今の時代でありながらも、独特の雰囲気を持った事業者として、富山地方鉄道は富山県民の足を支えています。

趣味的には、まさにノスタルジックな都市でした

さて、このとおり車輛だけでも魅力的な富山地方鉄道ですが、お目当てはあくまで方向幕です。
話には聞いておりましたが、確かに富山駅前を出入りする路線バスの車輛はすべてフィルム式方向幕です。これほどのフィルム式方向幕の残存率だと、なんだかタイムスリップした気分になります。しかもその方向幕の装置は、仙台市交通局で採用実績のあった三陽電機製作所製のパルスコード形方向幕。あの懐かしい、三つの方向幕がバラバラに動いて、最後に上下微動をして停止するという独特の方向幕の転回動作の後、新たな目的地へ向けて再び出発していくバスの姿を見ていると、本当にここはいいところだなぁと思ってしまいます。

なんとなく前ページまでと比べると写真の少ないページになってきましたので、まずはその富山地方鉄道の方向幕をご紹介しましょう。紹介をしないことには考察に移れませんから。

<< 回 送 >>

富山地方鉄道の方向幕の中で一番気になるのが、この「回送」幕です。中途半端に判読できるような文字にすることによって、バスに乗り遅れまいと走る乗客が現れるのを防ぐのが狙いなのでしょうか。いずれにせよ全国的にも他に例を見ない気がする、独特で面白いものです。
<< 14富山大学・布目経由新港東口行き >>

たいへんよく目立つ、黄地に黒文字という組み合わせは富山大学方面に向かう系統に共通するカラーです。
<< 23熊野経由八尾行き >>

オレンジ色に黒文字は有沢方面の系統です。基本的に行先は読み易いように工夫されているはずですが、この配色はいかがなものでしょう。新しい幕の車はもう少し鮮やかな色ですので、経年の汚れによって黒く見えるようです。
<< 3141号線経由笹津行き >>

深緑に白文字は市民病院方面に向かう系統の色です。この41号線経由の系統の側面幕は、経由地が地点ではないことから独特の標記となります。
<< 41若竹町経由辰尾団地行き >>

白地に緑文字は南富山方面に向かう系統の色です。先述のオレンジ地に黒文字の幕と同様、汚れていない幕はもう少し鮮やかな緑色の文字のようです。
<< 65石金経由西の番・斎場前行き >>

こげ茶地に白文字は石金方面に向かう系統の色です。この西の番経由斎場前行きは、「西の番」という地名を目立たせたいからか、側面幕でもこの地名が最も大きく書かれています。
<< 78運転教育センター経由済生会病院行き >>

青地に白文字は西町を経て双代町方面に向かう系統の色です。側面幕の「運転教育センター」は無理に縦方向を押しつぶして標記することなく、2行で縦幅を確保して記してあり、文字情報の速読性を確保しています。
<< 88朝菜町・富山駅経由興人団地行き >>

白地に赤文字は奥井方面に向かう系統の色です。この88系統は46系統・47系統の上り便で、富山駅北口に程近い興人団地が終点となります。

※ 側面幕は写真がなかったため正確かどうかわかりません。

利用客に優しいバス事業者

その富山地方鉄道の方向幕ですが、その幕には次のような特徴がありました。
  • 前面幕と後面幕は同じデザイン
  • 方面ごとに色が異なる
  • その色については同社の作成する路線系統図の色と揃えている(あるいは路線系統図の色が方向幕と揃えてある?)
  • 地色が着くのは前面と後面の幕だけで、側面幕は白地
  • 側面幕は左が起点方、右が終点
  • 側面幕は主要経由地や行先についてポイントサイズを大きくし、目立つよう工夫
  • あえて目立たせない幕もある
印象としては、方向幕の目指すべき役割をこのバスがどういう経路でどこに行くのかという情報を瞬時に判断できるものであるという認識に基づいて作られており、たいへん好ましいものでした。
このことから、富山地方鉄道が何故、割高なフィルム式方向幕を使い続けているのか、ということに対する答えが見えてきます。
上述の役割をLEDディスプレイに持たせようとすると、経路については大阪市交通局のようにフルドットディスプレイを用いれば解決しますが、それではディスプレイの単価が高くなってしまいます。また、瞬時に判断させるという点においても色を用いることを上回る効果を既存のLEDディスプレイに求めることは不可能です。
更には、富山は日本海に面した県、つまり朝日よりも夕日対策が必要です。さすがにバスの行先表示に用いるLEDディスプレイ程度の輝度では、夕日を浴びて走るバスの行先を判読するのが困難という問題もあるのでしょう。

連結子会社という関係にある加越能鉄道では路線バスにもLEDディスプレイを採用していますが、同社の行先表示は元々あまり上手い運行情報を掲出しているとはいえない事業者ですので、逆にLEDディスプレイ化をした方がサービスアップにつながる可能性がありますし、何よりコストカットが図れます。
上の写真は加越能鉄道の行先表示の違いですが、共に前面表示は「経由地」と「行先」という構成、また側面も経由地が5つ書かれるだけですので、そのままの表示内容でLEDディスプレイ化が実現しています。
他方、富山地方鉄道の場合にはLEDディスプレイ化で失われるものが多いのです。行先表示装置の本来の役割を重視すればするほど、LEDディスプレイ化はサービスダウンにつながるのです。
「子会社」である加越能鉄道が先んじてLEDディスプレイ化を実現しているのには、それなりの理由があったと考えるのが妥当でしょう。

そういえば、富山地方鉄道のバスにはもう一つ、特徴的なものがありました。それは、整理券発券機です。
通常は真横を向いて設置されていますが、同社の路線車の場合は入口の方に斜めに向いて設置されています。
この方が取り易いですし、何より機械がこちら向きですので整理券の取り忘れも防げますね。整理券を1枚引いたときに、仙台市交通局みたいにけたたましいブザーが鳴るのではなく、「チリンッ」とベルが鳴るのも好印象です。
また、停留所の時刻表が大きい点も特徴だと思いました。系統番号は当然書かれていますし、文字の大きさも大きく、高齢者に優しい仕様といえましょう。
富山地方鉄道は、こういう細かいところに利用客本位のサービスアップ施策を盛り込んでいます。地元の人にとってはそれが当たり前なのでしょうが、余所者の目線で見ると非常に興味深いバス事業者なのです。

富山地方鉄道の方向幕のこれから

このような富山地方鉄道ですが、2012年7月末に“悲報”がありました。ついにLEDディスプレイを搭載した路線車がお目見えしたというのです(12年7月25日付け北日本新聞に記事が載ったようです)。
試験的な導入であれば良いのですが、何しろ既にフィルム式方向幕の巻取機を製造しているメーカーも限られる時代です。先のことを考えれば、この辺りが潮時なのかもしれません。
また富山を再訪したときにでも、実車をしっかりと観察したいと思います。

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